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「かつおの旅」第2号
2004/ 7/ 9
か つ お の 旅( 第2号 )
(財)高知県国際交流協会
ハンナのかばん
(ジョージ・ブレイディ氏を高知に呼ぶ会から)
今、世界中でベストセラーとなっている児童図書「ハンナのかばん(著:レビン・カレン、訳:石岡史子)」をご存知でしょうか?ハンナが残した旅行かばんとは!
第二次世界大戦中、ドイツのナチスはユダヤ人を迫害、アウシュビッツに収容し強制労働をさせ、果てには大虐殺(ホロコースト)をしました。その数はなんと600万人、うち150万人が子どもたちであったと言われています。
主人公ハンナは、そのアウシュビッツのガス室で虐殺され13歳の生涯を終えましたが、実の兄であるジョージ・ブレイディ氏は幸いにも虐殺を免れ生還しました。
“ハンナのかばん”が日本のホロコースト教育資料センターにやってきたのは2000年6月。「ハンナってどんな女の子?」という子供たちからの素朴な疑問の手がかりを求めて、チェコの『テレジン収容所博物館』を訪問。ジョージ氏の存在を知ったのです。以来、ジョージ氏と同センター石岡さんは、収容所での悲惨な様々な体験をもとに、今、平和の尊さや大切さを訴え、世界各地を回り講演活動を続けています。
日本の子どもたちからジョージ氏に送られた手紙はCBCラジオで紹介され、全国で放送もされました。
そのジョージ・ブレイディ氏の講演が、本県の小学校の先生方や高知桜ライオンズクラブなどのご尽力により実現し、県内6箇所(小学校や中学校等)で開催されました。
5月24日の四万十会館での講演の模様を紹介します。
窪川町の小中学校から集まった生徒を前に、
ジョージ・ブレイディ氏は、
「私の生まれは、チェコの田舎。家族とともに幸せに暮らしていたが、迫害が始まると、家族はバラバラに収容所に隔離され、強制労働をさせられた。子どもや老人、病気になった人は働けないのでガス室に送られ、虐殺された。
収容所の中に、秘密の学校があった。ある先生の“自分たちのことは自分たちで決めなさい”という言葉に影響され、私たちは仲間と小さな国を作り、出来事や詩などを載せた新聞を作った。それは800ページにもなり、今でも大切に保管されている。
ある日のこと、大切なパンを盗んでいる人を、みんなで捕まえようとした。しかしそれは幼い弟のためだったという境遇を知り、全てのことが白と黒に分けられないことを学んだ。収容所での悲惨な4年間の生活は、“生きたい”という本能が心の支えだった。今なお世界には差別や偏見があふれている。一人ひとりが他人を受け入れ、思いやる寛容な心をもって欲しい。」
と、語られました。
生徒たちから、
「ハンナとの一番の思い出は。収容所では毎日、何時間働いていたか。病気になった時はどうしたか。収容所で出会った人たちとのその後は。今の世の中についてどう思うか。」などの質問があり、
ジョージ・ブレイディ氏は、
「ハンナとの思い出はたくさんあるが、一番は家族で行ったピクニック。収容所では支給のパンを私に残してくれた“彼女の優しさ”が心に残っている。交代制で10時間働かされ、その後は不必要な腕立伏せなどの拷問もあった。病気にかかると死が待っている。必死に努力して自分で直すしか方法がなかった。収容所で出会った人たちは一生の仲間。偶然再会した運命のような人もいる。私たちは過去から平和の大切さを学ばなければいけない。皆さん一人ひとりが社会と係わり合いを持ち、世界を変えていって欲しい。」
と、答えられました。
四万十会館に集まった400人の生徒たちは、ジョージ・ブレイディ氏の講演に感動した様子でした。
<参考>
・ジョージ・ブレイディ氏
カナダ在住(76歳)、児童図書「ハンナのかばん」の主人公、ハンナ・ブレイディさんの実兄、ナチスによ
るユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の生還者で、世界平和のための講演会活動を世界 各地で行ってい
る。アウシュビッツ収容所で秘密で作成していた新聞「VEDEM(チェコ語)」もドイツ語、英語、日本語に
翻訳されている。
・ハンナのかばん ーアウシュビッツからのメッセージー
著:レビン・カレン、翻訳:石岡史子
第49回青少年読書感想文全国コンクール『課題図書』
第二次世界大戦中、アウシュビッツのガス室で13年の生涯を終えたハンナ・ブレイディ。ハンナが残した
旅行かばんから、彼女がどんな少女だったか、どんな生涯を送ったのか、そして彼女に何が起きたの
かを探っていく。
『ハンナのかばん』H.P.(英語版) www.hanassuitcase.ca
『ホロコースト教育資料センター』H.P. www.ne.jp/asahi/holocaust/tokyo
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