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インドネシア時間

高知市役所 総務課 国際平和係 主査 浜野 淳子

インドネシア・スラバヤ市役所に研修生として派遣


スラバヤ市役所の職員

 インドネシアの人たちは本当にのんびりしている。「ゴム時間」と言われるほど時間は伸びきっている。例えば人を待つのも平気なら、人を待たせるのも平気である。3時に約束をしても実際は4時に来る。たいてい「遅れる」という連絡は入らない。約束の時間を1時間ほど過ぎるとやっと携帯電話がなる。「あと30分ぐらいかかります。」とさらに遅れる旨を伝えるために・・・。


ガソリンスタンドで団子になって
順番を待つオートバイの人々

 最初の頃はかなりイライラしていたが、近頃はその待ち時間に日記を書いたり、本や新聞を読んだりして自分なりに有効に時間を使うようになった。そうすると精神的にもたいへんよい。ところがその“隙間の時間に何かをして有効に時間を使う”というのは日本人ゆえの発想のようである。人を待っているインドネシア人はというと、ボーっとたたずんでいるのである。何もせずに時間が過ぎるのを待つことができる、というのも一種の技のような気がする。それはそれで皮肉ではなく、私は感心している。歩くのも皆ゆっくりで、私が先を歩くと一緒にいるインドネシア人は、気付くとたいていはるか後方になってしまうので、私は後ろを歩くようにしている。切れ目なくひっきりなしに車が走る道路を横断する時(横断歩道というものはない)もインドネシア人は決して走らない。私はいつも走りたい気持ちを抑えて抑えて一緒にいるインドネシア人の友人と手をつないで歩いて横断してはいるが、内心怖くて顔が引きつっているのが自分でわかる。

 そんなインドネシア人でも、我先にと目の色を変える時がある。エレベーターである。エレベーターに乗る人は降りる人を待たないので、降りる時に人に「お先にどうぞ」なんて言ってはいられない。自ら人を押しのけてでも出ないと、入ってくる人に入り口をふさがれてしまう。降りようとする階のエレベーターのドアが開いた瞬間が勝負である。今のところこの戦いに負けたことはない。派遣先のスラバヤ市役所の給料日は毎月1日だが、この日は給料を支給する担当の周りに職員がわっと押しかける。担当者の前にある椅子をめぐって椅子取りゲームの様相をなすのである。デパートのトイレやスターバックスのカウンター前などでは人は団子になっている。ボーっと待つのは平気そうだが、順に並んで番を待つのは苦手のようだ。私はいまだにその場に加わるのは避けている。永遠に自分の番が来ない気がするのだ。


乗り合いバスベモにタイムテーブルはない

 ある日ベモという軽バンの乗合バスに乗ってみた。後ろに12人くらい、助手席に2人乗せる。バスターミナルから乗ることにしたが、乗客がいっぱいになるまでベモは出発しないのである。タイムテーブルはない。何時までに行かなくてはいけない、という時には利用できない。というのはやはり日本人の発想であろうか。仕事や友人との約束に遅れて来る人たちの言い訳は「ベモがなかなか来なくて・・・。」で、それは立派な理由になっている。遅れることをあまり気にしていないようだ。帰りもベモに乗ることにした。ベモを降りた辺りの大通りで待つ。停留所を表すものはいっさいない。だけれども私たち素人には見えない停留所があるようで、ある一定の間隔をおいて人はベモを待っている。アナウンスもないのに「次、降ります!」と運転手に合図をして降りていく。そしてそこにはちゃんと人が待っているのだ。ベモの乗降場所をかぎ分けるのは並大抵ではない。私は地元の子と二人だったので、彼女にその見えない停留所に連れて行ってもらうのだった。果たしていつに来るのかわからないベモを待った。

 ところで、インドネシア語の文法には時制がない。昨日「クマリン」、明日「ベソック」などの言葉がある。ところがその「クマリン」と「ベソック」が曲者で、例えば「明日(ベソック)、一緒にどこかに遊びに行きましょう。」と言われても、「明日」一緒に出掛ける事はない。3日前に話をしていた時に、友人「クマリン、こんなことがあったでしょ?」私「え?それは3日前の事でしょ?」友人「そうね、クマリンでしょ」私「・・・!」そこで判明した。「クマリン」は昨日(1日前)だけを意味するのではなく昨日以前のこと。そして「ベソック」も明日(1日後)だけのことではなく、明日以降のいつか、のことのようなのだ。

 日本とはかなり違う時間の感覚の中で最初は戸惑った(かなりイライラしていた)。がインドネシアでの生活が3ヶ月過ぎたところで、日本人としての時間感覚をとっぱらいインドネシア時間の中に身をゆだねる事ができるようになりつつある。そうなると居心地もより良くなってくるものである。



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